散骨に関する資料・情報

NPO法人 ヒーリング 散骨に関する資料

近年、日本国は世界一の長寿国となり、高齢化とともに死亡者数は年々増えています。 国立社会保障・人口問題研究所の2012年に2060年までの死亡人口を推計した資料によると、死亡人口のピークは、2038~2040年あたりになると予測され、2040年ごろの死亡人口は約166万人と予測されています。 

2015年の死者数は約130万人=葬儀の数となっています。

 

 葬儀の市場規模も2015年で約1兆8000億円、関連する会社も約6000社に達しています。 葬祭に係る費用も約50万円~200万円程度と言われています。 ここでも少子化の影響やライフスタイルの変化で葬儀の規模を縮小する傾向がみられるそうです。 

自然災害の増加によるお墓や遺灰の破損や破壊、少子高齢化、土地の高騰、経済の不安定化、などなど益々増加すると考えられています。

 

また、消費者庁によると葬祭業への新規参入の増加の影響か、競争激化なのか、葬儀費用が低価格化もみられる一方、金銭トラブルの数も倍増していると言われています。

 

 ある葬儀社のお話しでは、「直葬(じきそう・ちょくそう)」が急増しているそうです。 死亡したご遺体を24時間安置し、一部死亡に関する行政等の手続き代行、火葬場へ運搬、火葬しお骨は一部のみを引き取るか、すべてを火葬場で葬ってもらう、という形で終了というものです。

 

 自分が死んだら、数十万から数百万の費用は掛けずに、生きている子や孫に使って欲しいと願うなど、現実的な人も多くなっているようです。直葬費用は地域差もありますが、約10万円台~20万円台と言われています。 

 

どのような葬儀方法を選択するか、生前に出来るだけ、ご家族でご相談されておくことが重要です。

 

葬儀の規模の縮小には、葬儀スタイルの多様化があります。

  • 通夜と告別式の出席者を家族や近親者に絞る内輪の家族葬。
  • 通夜と告別式を行わずに火葬と遺骨の引き取りのみとする直葬。

                    ・・・といった葬儀スタイルが増えているそうです。

 

 こうした時代の流れも理解し、シニア世代のライフエンディングサービス(終活)も拡大しています。 

 

シニア世代・高齢者だけではなく、「人間は必ず死を迎える」ことを受け入れ、今の日本人全体が考えて行動することが大事だと思います。 葬儀「お葬式」と聞くとどうしても暗い気持ちになったり、ある種アンタッチャブルな領域であるかのように思われがちです。 しかし必ずやって来る死への備えとして、葬儀や遺言の準備、遺産の整理、相続対策などを生前から準備することがとても重要性を増している時代だと言えるのではないでしょうか。

 



国内法

 

散骨が刑法190条の規定する死体(遺骨)遺棄罪に該当するかについて、法務省の見解(非公式)では、散骨が節度をもって行われる限りは違法性はないとしています。 2015年現在、明確に散骨を規制する国内法はないようです。

 

【祭祀承継者】 とは、法律用語(民法897条)です。

 一般的には「喪主」となる方でを指しますが、少し詳しくご説明致します。

 祭祀承継者とは、祭祀財産である系譜(家系図)祭具(仏像、位牌、仏壇、神棚、霊位、十字架、墳墓遺骨など)を承継し、年忌法要等の管理や主催をする者のことです(民法897条)。但し、遺産ではないので相続にはあたりません。従って相続税はかかりません。

 ・「系譜(家系図)」とは、歴代の家長を中心に祖先伝来の家計を表示するものを指します。

 ・「祭具」とは、祖先の祭祀や礼拝の用に供される物を指します。

 ・「墳墓」とは、遺体や遺骨を葬っている土地に付着した設備(墓石・墓碑などの墓標や土倉の場合の埋棺など)を指します。更に墓地の所有権や墓地の使用権も、祭祀財産に含まれるものと考えられています。

 ・「遺骨」についても、祭祀主宰者に帰属するというのが判例があるようです。

 


散骨のインフォームドコンセント

(英: informed consent)とは、「正しい情報を得た(伝えられた)上での合意」を意味するもので「説明責任」のことです。 お申込み前に今一度、下記を一読され、ご納得のうえお申込下さい。

 

散骨は極めて精神的かつ感情的にもデリケートな行為です。また、法的にグレーゾーンであるため、特に地元やその周辺の方々への適切な配慮や了承が不可欠です。そうしないと、その地域で風評被害を発生させ、結果、条例等で散骨そのものを規制する...という結果になりかねません。

NPO法人 ヒーリングでは、このような事がないよう毎月1回・無料「終活&散骨セミナー」を実施し、散骨に関する情報提供と法と倫理的なルールに基づき節度ある散骨についての啓蒙活動を行っています。 散骨に関しては、人それぞれの価値観、人生観、死生観、宗教、慣習など様々な視点での考え方があります。従って次の様に考える方もおられますので、一部ですがご紹介いたします。

 

 【散骨反対派の主なご意見】

(1)お墓があるのにわざわざ散骨の必要はない。

(2)故人が生前に希望しても家族や親戚が反対なので行わない。

(3)遺骨の一部を散骨するのは、体をバラバラにすることに等しいので行わない。

(4)宗教的に許されないと思うので行わない。

(5)お墓に入れないと成仏しないと思う。/など

散骨賛成派の主なご意見】

(1)故郷が遠方でお墓を守って行く事が難しいので自然に還す。

(2)生前に故人が希望していたので、一部だけでもまたは全部を散骨してあげる。

(3)お墓はあるが、分家なので散骨したい。

(4)生前不仲だった人と一緒に入りたくないので散骨を希望したい。

(5)本来の仏教のように自然に還ることを希望し散骨したい。/など


過去の散骨実施者

 

2016年1月12日に死去したイギリスの人気歌手、デヴィッド・ボウイさんが、自身の遺骨をインドネシアのバリ島で散骨してほしいと、遺言を残していたことが明らかになったそうです。 ハフポストUK版によると、遺言はニューヨークの裁判所に、本名のデヴィッド・ロバート・ジョーンズ名義で保存されているということです。

 

2004年に書かれたこの遺言には、遺骨を「バリ島の仏教の儀式にのっとって」散骨するよう求めたそうで、バリ島での火葬が難しい場合も、とにかくバリ島で散骨してほしいと求めていると報道されました。

 

米紙ニューヨーク・ポスト(New York Post)も29日に同内容を報じました。(AFP=時事より)

 

散骨(自然葬)された人物として、淳和天皇、横山やすし(遺灰の一部が宮島競艇場に散骨された)、周恩来、鄧小平、愛新覚羅溥傑・嵯峨浩・慧生親子(遺骨の半分が中国妙峰山に散骨された)、hide、荒井注、乙羽信子、石原裕次郎、梨元勝、新藤兼人、高倉健、立川談志、藤圭子/他。

 

ヴィヴィアン・リー、エドウィン・ライシャワー、アルベルト・アインシュタイン、フレディ・マーキュリー、エヴァ・ブラウン、ジョージ・ハリスン、イングリッド・バーグマン/他。(WEB:Wikipedia「散骨」より

 


熊本日日新聞 平成24年(2012年)12月2日(日)の記事。

NPO法人 ヒーリング 散骨資料 熊日新聞記事

淳和天皇は散骨されていた

 

近年マスコミ等で、放置されたお墓の問題に関連し、樹木葬や散骨が報道されるようになりました。日本の言葉で「放る」というのがあります。 これは、ほうむる「葬る」の語源になったと言われています。 遺体を処理する方法として、野山に放置して自然に還すということがごく普通に行われていたのです。 しかしこれは遺体をそのまま自然に還すという方法で、散骨とは全く違ったものでした。

 

散骨とは、必ず火葬した遺骨を次に粉にして散布することで、天皇の中で唯一散骨したといわれているのが第53代淳和天皇です。 淳和天皇は、桓武天皇の第三皇子、平安時代の天皇ですが、現代の散骨と同じ方法で散骨を実践されています。

 

当時、天皇が亡くなると、今でも残っているようなとても大きな古墳を作っていました。 この大きな墳墓には多額の費用が必要となり、更に盛大な葬儀にも多くの出費を必要としました。 このように葬儀にかかる出費と労力は民衆を苦しめることになっていました。

 

このように民を思いやる気持ちから、葬送の簡略と散骨を遺詔したとされています。 特別大きな墳墓を残さなくても、現代に通じる大きなメッセージが伝わってきます。 淳和天皇(786~840)は、自らの葬儀は「骨を砕き粉となし之を山中に散らせ」と遺詔し、遺言通りに火葬後、粉骨して西嶺上山中に散骨されました。

ちなみに、火葬された最初の天皇は、第41代持統天皇(645~702)です。 自らの葬儀に関しては「政務はいつもの通りに行い、喪葬はつとめて倹約し、簡素にすること」と遺詔し、同様に民を苦しめないために、自分の葬儀を簡略にすることを願ったといわれています。 この流れを淳和天皇は継承し散骨されたのでしょう。

 

現在の淳和天皇稜は、京都市右京区の小塩山山頂(標高642m)にある「大野原西嶺上陵」として宮内庁管轄となっており、麓には淳和天皇を火葬したされる「淳和天皇火葬塚」や、淳和天皇の柩車を納めたという「車塚」が点在しています。

2012年10月3日神戸新聞夕刊より

 


高木仁三郎先生(物理学者、専門は核化学。東京大学理学博士)の散骨

NPO法人 ヒーリング 散骨資料 新聞記事

 

脱原発を唱え、脱原子力運動を推進したことで有名な高木仁三郎さんは、2000年10月8日にお亡くなりになりましたが、生前中に散骨を希望されていました。 散骨は高木さんの故郷・群馬県の赤城山の尾根で行われたました。毎日新聞2001年4月23日に掲載。

【記事の内容】

 

「日本の脱原発運動の理論的主柱で、昨年10月に62歳で死去した高木仁三郎さんの自然葬が22日、高木さんの故郷・群馬県の赤城山の尾根で行われた。 高木さんは、生前『赤木山が見える場所に散骨してほしい』と遺言していた。

 

この日、朝から遺族や友人16人が赤城山に登り、尾根の一つの鍋割山(標高 1332メートル)山頂付近の国有林で、遺灰の一部をまいて手を合わせ、故郷を愛した故人の冥福を静かに祈った。 妻久仁子さんは『弁護士と相談し、あらかじめ法的問題はないことを確認した。 仁三郎が心のよりどころにしていた故郷に戻れてよかった』と話している。